今でも忘れられない小学生時代の嬉しかった年賀状の思い出

年賀状は、日本特有の儀式であると知ったのは二十歳頃です。

そもそも、年賀状を、年末の慌ただしい時期に大勢の人に書いてポストに投函する事は大変な労働だと思います。
クリスマスから大晦日、お正月と冬の凍える寒さの中、日本はイベントが多いと思うのです。

特に、最近「山の日」が出来ました。「海の日」は、昔から親しみが有って夏の海を連想しますが、登山が趣味では無い人にとっての山の日は、果たしてどんなイメージを抱くのかは個個に依って全く違うと思います。
小学生の時、忘れられない年賀状の思い出が有ります。

小学生は一年生から六年生迄の、六年間もの長い間を「学校生活」という空間の中で過ごさなければなりません。

当時の私は「義務教育は、中学生になってからの三年間と合わせて九年間も続くのか・・。」と、途方に暮れる気分で小学校生活を送っていました。

昼休みは決まって読書を楽しんでいたので、運動場でドッジボールやサッカーをする少年達、縄跳びや遊具で遊少女達を眺めては「子供って、何でこんなに騒がしいのだろう?」と、思う様な子供だったのです。

年賀状も仲の良い数人と毎年遣り取りする程度でしたが、あれは忘れもしない小学三年生の元旦でした。毎年、お昼前には年賀状が束になった状態で自宅のポストに到着しています。

年賀状を取りに行くのは私の役目でした。家族の分の年賀状を個別に分けて、私宛の年賀状が数枚来ていたのを一枚づつ見ていると、見知らぬ少年からの年賀状が届いていました。

その少年は、幼稚園から小学校も一緒だったのですが、同じクラスになったのは小学三年生の時の一年間のみでした。

その年の干支の動物が色鉛筆で描かれて有り、「明けましておめでとう。今年もよろしく。」と、それだけ書かれた年賀状だったのですが、同世代の異性から年賀状を貰うのが人生に於いて初めてだったので、何だかこそばゆい気分になった事を覚えています。

幼稚園からの時も、折角同じクラスに一年間なったのに数える程しか彼とは話をしていない事に、同時に気が付きました。

彼の性格も、余り知らない位でしたがきちんと返事の年賀状をそれから出しました。

小学生が書く年賀状は、男子よりも女子の方が絵が細かに描かれており、文章も長いです。その少年とは、小学校の卒業以来会っていません。

中学校から親の転勤で転校したらしいと、後に友人から訊きました。九年間一緒で一年間だけ同じクラスメイトだったので、もっと仲良くして置けば良かったと今では思ったりもします。

あの時は、年賀状有り難う。

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